北京の伝統料理研究②
芙蓉蟹(蟹肉の淡雪煮)

清朝の末期に北京で生まれた「芙蓉蟹(蟹肉の淡雪煮)」は、1960年に北京マンションの初代料理長として香港より招聘された、 王敬賓氏により、芝パークホテルに伝えられました。歴代の料理長により、「技と味の伝承」は続けられ、今日でも芙蓉蟹は北京グループの名物料理の一皿となっています。

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» 芙蓉蟹(蟹肉の淡雪煮)は北京 70周年記念メニューにございます。

料理ストーリー

芙蓉蟹は、北京語では「フーロンシェー」広東語では「フーヨーハイ」と呼ばれ ています。日本で一般的に「フーヨーハイ」や「かに玉」と呼ばれている料理は、 全卵に蟹肉を入れ、外はこんがり中をふんわりと半熟に仕上げて甘酢餡を掛けた料理ですが、中国で芙蓉蟹として知られている料理は、芙蓉の白い花をイメージして、卵白のみを使用するのが一般的です。 中国では全卵を使う場合は「蟹肉炒蛋(シェールーチャオタン)」という別料理になりますが、日本ではいつからか、 芙蓉蟹=蟹肉炒蛋となりました(北京では木犀蟹)。

「北京の芙蓉蟹」は、卵白を使いふんわりとした仕上がりが、芙蓉の花の白さと共に淡雪(薄く積もった雪)を思い起こさせ、「蟹肉の淡雪煮」という日本語名になっています。 この「北京の芙蓉蟹」のルーツとも言うべき料理は、清朝時代の北京で宮廷料理として誕生しています。 料理名は「赛螃蟹 (サイ・パン・シエ)」と言い、卵白を油に泳がせて火を通し、 蟹肉に見立てた料理です。赛螃蟹 (サイ・パン・シエ)とは“賽=競う”“螃蟹=カニ”という意味から、カニと競う、蟹のもどき料理を意味しています。 日本語名では「卵白の蟹肉仕立て」となります。 赛螃蟹(サイ・パン・シエ)の誕生には次のようなエピソードがあります。 清朝の末期に美食家でもある西太后が、突然「蟹を食べたい!」と言い出しました。しかし西太后が住む北京は内陸地であり、すぐに蟹料理を用意することが出来ませんでした。 そこで、宮廷の料理人が機転を利かせ、卵白を蟹肉に見立てて調理してご用意したところ、西太后はこの料理をたいそう気に入ったそうです。 その後、この料理は赛螃蟹(サイ・パン・シエ)と呼ばれ北京宮廷料理の名物となり、この調理法を応用して魚や蟹を加えた料理も生まれました。

清朝の末期に北京で生まれた「芙蓉蟹(蟹肉の淡雪煮)」は、1960年に北京マンションの初代料理長として香港より招聘された、王敬賓氏により、芝パークホテルに伝えられました。 歴代の料理長により、「技と味の伝承」は続けられ、今日でも芙蓉蟹は北京グループの名物料理の一皿となっています。

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芙蓉の花

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賽螃蟹(サイ・パン・シェー)

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