北京の伝統料理研究⑤
扒浄魚翅(フカヒレの姿煮)


料理ストーリー

フカヒレは干しアワビ、ツバメの巣、ナマコと並ぶ中華四大高級食材の一つです。 フカヒレが高級食材といわれる訳は、フカヒレとして食される部分がサメ本体の約0.5%~1.0%である事と、そのヒレから、皮・肉・骨を取り除き、繊維の部分を手間ひまかけて取り出す為、 必然的に量が少なくなり、多くの工程・時間を経て製品が仕上げる事からです。中国料理の長い歴史の中でフカヒレの歴史は比較的新しく、一般的に調理するようになったのは清の時代19世紀からと言われています。 日本でも江戸時代から輸出品として存在していました。乾燥させた海参(ナマコ)・鮑(アワビ)・翅(フカヒレ)の三種が、中国では『参・鮑・翅』と称される高級食材になっており、 それを俵詰めにして輸出したことから、「俵物三品」と呼ばれ、江戸幕府にとっては『金・銀・銅』の変わりに決済できる品として、中国との貿易において重要な輸出品として位置づけられていました。 北京風のフカヒレ姿煮「扒浄魚翅」の素材の旨味を引き出す手法のルーツは遥か遠方揚州の原汁原湯主義(素材の持つ風味を最大限活かし味わう)だと言われています。 清朝の1700年代、乾隆帝の頃、朝廷には各地から省官史が上京し宮廷の宴席で腕の競い合いや研究を経て、洗練された北京宮廷料理が成立しましたが、 この時メニューの編纂、調理法の研究の中心に位置していたのが山東、揚州出身の料理人でした。副材料を少なくし主材料を目立たせるという考え方、 フカヒレと鮑の調理時のみ特別なスープを使用する等の揚州料理人の姿勢が大きく影響しています。 又、北京風フカヒレの姿煮の成立は、乾隆帝の下で中国料理史上最大の料理発展期であった1700年代後半だと考えられています。


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